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ら去っていった。ひっきりなしにきていた連絡も、めっきりこなくなる。

「そんなもんやな。」彼はギターをかき鳴らす。でも食い口を失ったことも事実だった。彼は音楽だけでは食っていくことはできず、結局別のアルバイトをするはめになる。長いトンネルが彼の前には広がっていた。

「どっちが近道やったんかな。」進には分からない。ただ、しばらくしてからその監督が亡くなった。というのを風の噂で聞いた。まさか、と思ったが本当だった。テレビやネットでも報じられていた。

「これで完全に切れたな。」彼はなぜかホッとしていた。寂しさなんてこれっぽちもない。高級なお寿司なんて食べたくもない。やはり彼は音楽をやりたくて上京したのだ。すぐに稼げるようになれなくても、そこでやっていく覚悟だけはあった。

 

 ある時、再びあの前任者の付き人と出会うことになる。本当にたまたま渋谷でバッタリと出くわした。

「久しぶり。」相手から声をかけられて、最初進は分からなかった。

「え、あ、ああ。」ようやく分かって、彼は挨拶する。

「元気にしてるんですか。」と相手が現状を聞いてくる。

「なんとか。」彼はあいまいに答える。

「映画は?」相手も業界からは身を引いているようだった。

「いえ、今は。」彼は肩をすくめる。

「そっか、監督も亡くなったしね。」相手は遠い目をした。

「懐かしいすね。」彼は感傷的にならず、ただそう言った。

「そういえば、あんたのこと言ってたよ。」相手は思い出したように言う。

「え?」彼は聞き返した。

「あいつは不義理だったって。」相手は笑っていた。

「監督が?」そう尋ねると、相手はうなずいた。不義理、彼に反論の余地はなかった。ただそれは監督自身についても言えるんじゃないだろうか、一瞬そう思った。

「あの事故のとき、お見舞いに来てくれてたんだよね。」前任者は静かに言う。

「監督?」もう一度彼はそう言った。

「うん、意外と義理堅いというか。そのあとも電話くれたりして。」相手は肩をすくめる。

「そうなんや。」進には、何も言葉は見つからなかった。

「ま、今となっては。だけどね。じゃあ、また。何かあったら連絡ちょうだい。」そう言って相手は名刺をくれた。彼は名刺を持っていなかったので、ただそれを受け取るしかなかった。そして名刺を握りながら、相手が都会の雑踏の中へ去るのをいつまでも眺めていた。