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「いつまでもあれやったら、ほんまに尻尾振ってるだけのチワワと変わらん。」彼がそう思ったのには、もう一つ理由があった。それは監督の付き人のような奴が一人前になれるとは思えなかった。彼には前任者がいたのだ。進の入ってきた当時は、その人が監督のそばであれこれ世話をしていた。進はその仕事やポジションがうらやましいなんて思ったことは一度もない。単に「可愛がられているな。」と思っただけだ。そいつのキャラクターも人当たりがいいこともあって、彼はよく話したりもした。

「入院した。」撮影の最中、そいつが交通事故で入院したのだ。そのニュースはすぐに現場に駆け巡った。不幸中の幸いで、命には別状はなかった。だが現場にすぐ復帰することは叶わないだろう。それで、彼が監督のそばに呼ばれるようになった。

 進はごく自然にその立場になって、振舞っていた。別に権力というほどのものもない。ただ、少しづつ監督の舎弟のようなポジションに嫌気がさしてきた。彼と話しているようでも、相手は監督と話しているような感覚だった。後ろ盾といったら心強いかもしれない。だけど当時の中野進は、それを許すことができなかった。どこかプライドがうずいたのかもしれない。

 たまたま前任者の付き人と会うこととなる。その時は監督も一緒だった。しかし監督は、そいつにほとんど声をかけなかった。

「退院しました。」というそいつの言葉に対して、監督はただうなずくだけ。進は居心地が悪かった。前任者のポジションに彼がいるわけで。監督もそのことを気遣ってか、前任者に声をかけなかった。だが進が感じたのは「冷たいな。」ということだった。冷たくあしらい、次の歯車に入れ替わる。まるでそれは誰でもいいかのようだ。そして付き人になった彼も、やがて次の者に立場を追われる身となろう。それはマクベスを見なくても、分かることだ。

「辞めます。」と進は言っていた。




「どうした?」そう監督は聞いてくる。

「いえ、音楽のほうに戻ろうかと思って。」それは半ば本当のことであった。ちょっと寄り道していたが、本道に戻るのだ。彼は自分にそう言い聞かせた。

「そうか。」監督も止めはしない。周囲もほとんどそのことに関心を持たなかった。監督から離れた途端に、周囲は進のもとか