20210905_2214252


「場所はここから、ご実家までの間ですね。」警官は確認するように言う。

「ええ、そのはずです。そのコンビニで買い物をしたのが最後に財布を使ったときなので。」彼は酔っていたことは言わなかった。

「ええ、ちょっと待っててください。」若い警官は奥に消えた。

「はい。」彼は雨を見ながら気が沈んだ。でも財布が見つかればいいな、という淡い希望も持っていた。もしなければ、余計にやっかいなことになる。

「すみません、財布の中にはどんなカードがありますか。」警官は戻ってくるなり言った。

「ここに書いたとおりです。銀行カードに、クレジットカード、保険証に。」彼は眉間にしわを寄せながら答えた。まるで取調べをうけているような気分だ。

「銀行はどこのカードですか。」そこまで細かく聞くというのなら、もしかして財布があったのだろうか。

「●●銀行と、▲▲銀行です。あとレンタルビデオのカードに、図書館カードもありますし、たしか牛丼屋の割引券も入っています。」彼はこと細かく説明した。

「なるほど。いや実はですね、それらしい財布が届けられてまして。すみません、現金はいくらでしたか。」警官は彼が書いた書類を確認しながら言う。

「え、あったんですか。はっきりとは覚えてませんが、何千円くらいです。」彼はそう答えた。嬉しさともどかしさの間で立ち往生している。

「何千円か、おかしいな。」警官は独りごとのように言う。

「いえ、ハッキリとは覚えていませんが。酔ってたし、コンビニで買い物をしたから。」彼はそう言って、はっとした。

「酔ってたんですか。」警官は彼を見る。

「ええ、昨夜は仕事の跡で飲み会があったから。」彼は言い訳のように言いながら、なぜ言い訳しなくちゃいけないんだと思った。

「なるほど。」警官はしばらく黙っている。

「あったんですか。名前も確認できるでしょ。免許も入ってるんだから。」彼は声を上げた。はやく財布を取り戻して、その場を離れたかった。

「あの、身分を証明できるものをお持ちですか?」若い警官はそう尋ねた。

「え?」彼は思わず黙ってしまう。

「いえ、ご主人の身分を証明できるもの、たとえばパスポートとか住民票をお持ちでないでしょうか。」相手は冷たい口調でそう言った。

「ないです。あるわけない。」彼は声を荒げた。ご主人と言われたことも引っかかったが、それよりパスポートなど持ってきてるわけがない。ここは母国のはずだ。

「あの、はっきり言いますと、あなたのおっしゃるような財布、免許証などが入ったものは届いているのですが。証明書がないと渡すわけにはいかない。物騒な世の中ですから。」そう警官は言った。

「え?」彼にはまだ自体が飲み込めない。自分の名前や住所は書類に書いている。警官に尋ねられる前にである。しかも免許証や保険証は財布の中にあるのだ。

「申し訳ないですが、家のほうで証明書を取ってきてもらって。」警官はそう言った。

「じゃあ、私が偽者だと言うんですか。」少しトゲがある言い方を彼はした。

「まぁ、物騒な世の中ですから。」警官は再び言った。

「ったく。」彼はため息をつく。これ以上言ったところで「規則ですから。」と言われるだけだし、押し問答をしていても時間の無駄だ。何よりも不快指数が上がっていく。ただでさ湿気が高くて嫌な気持ちなのである。せっかくの休日なのに。

「すみませんね。」警官はそこでようやく笑みをみせた。

「わかりました、戻って探してみます。」彼はそう言って、再び傘をさした。まったくどうなってるんだ。彼はそう思った。物騒な世の中を上回る役所仕事。しかし考えようによっては、財布があったのはよかった。免許などがしっかり残っているとすれば、これは感謝すべき事柄なのだろうか。