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 まさしく湿気の激しい時期だった。体の調子が悪く、すべてが壊れていくように彼には感じられた。まず自転車が壊れる。工事中の道を傘をさしながら走っていたら、石を踏んでしまい倒れたのだ。パンクをして、チェーンもからまってしまった。

「最悪だ。」彼はそう独りごとを言ったが、それはほんの始まりに過ぎなかった。パソコンや携帯電話、ICカードが次々にに壊れていった。

「どういうことだ。」彼はその不具合の連続を不自然に感じた。あるいは厄年のせいかとも思った。

「いや、湿気のせいだ。」と彼は結論づけた。湿気と雨のせい。例年よりも雨が多かった。その雨に濡れたせいでノートパソコンや携帯も壊れたのだ。挙句の果てに財布も失くしてしまう。

「まいったな。」彼はあるべき場所に財布がなくて、呆然とした。昨夜飲んでいたせいで気づかなかった。直したばかりの自転車を勢いよくこいでいたのだ。それで家に帰って、いつもの場所に財布も置いたはずだった。翌日は休日だったので、夕方まで財布がないことにさえ気づかなかった。それで散歩しようとして、鍵と財布を手に取ろうとした。すると財布がなかった。

「あれ?」昨日着たスーツのズボンか、またはカバンに入っているにちがいない。彼は確認するが、財布は見当たらない。

「まさかな。」彼は青ざめる。財布にはあらゆる貴重品が入っている。免許証に保険証、クレジットカード、銀行のキャッシュカード。再発行するのは手間がかかる。

「面倒なことになった。」彼は頭をかいた。外では再び雨が降り始めていた。

「とりあえず交番に行くか。」もしそこになければ、銀行に電話しなくてはならない。彼は思わぬアクシデントに、せっかくの休日が奪われるのが疎ましかった。しかし警察に届けられてなければ、さらなる災難が待つことになる。

「まいった。」彼は傘をさして歩く。湿気がまとわりつく嫌な季節には、ろくでもないことがおこる。きっと犯罪率も高まるんじゃないだろうか。彼は警察まで歩いていった。近くの交番には、若い警官が一人いた。そして彼を鋭い目で見た。嫌だな、と彼は一瞬思った。

「すみません、財布を落としまして。」彼は言った。

「紛失ですか。じゃあこちらに記入してください。」まず事務手続きから始まる。昔なら、「財布ありますか。」「どんなの?」「こんな色の、こんな形で、中身はこれこれ。何千円入ってまして。」「あーこれだね。よかったね、親切な人がいて。」「ありがとうございます。」というシンプルな会話ですんでいたはずである。彼は住所や氏名、失くしたはずの場所や時間を書きこんだ。

「書きました。」彼は言った。