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「こんなことあるんだな。」彼は自分でも信じられなかった。今までの活動が実を結ぼうとしている。芝居小屋に見に来ていたプロデューサーが彼のことを気に入ったのだ。そして彼をテレビドラマのチョイ役として抜擢した。するとそこから色んな小さい役が舞い込むようになった。そして念願だった映画にも出演できることになった。

「最初は端役かもしれないけど。」一生懸命演じるということで、彼はまわりの評判もよかった。もちろん挨拶や礼儀がしっかりしているし、謙虚で人当たりもいい。スターなどでは決してないが、知ってる人は知っているという役者。彼はそんな存在になっていく。町を歩いていても、たまに声をかけられるようになった。

「上昇気流だな。」神田のおやじさんもそう言ってくれていた。彼は照れくさくも、おいしい日本酒を飲んだ。

「今日は払えますんで。おつりはいらないです。」彼がお札を置くと、おやじさんは首を振る。

「しっかりと貯めてよ、岩手の実家に送りな。」そうおやじさんに言われて、彼は小さくうなずく。実家にはもう三年も帰っていなかった。最初から頻繁に帰っていたわけではない。東京から岩手に帰るだけでも往復で幾万単位のお金が飛んでいく。それなら東京でしっかり働いたほうがいい。彼はそう考えた。そのうち仕事が忙しくなってきた。すると帰っている暇もない。結婚?彼には何人か付き合った女性がいた。そのうちの一人とは結婚寸前までいったのだが、相手方の父親から猛反発を喰らった。