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「復讐してやる。」と彼が言ったのには理由があった。つまり会社に不当解雇されたのだ。不当かどうかは会社と本人の間で意見の相違があったらしい。ただ住み込みの安月給で働いていた彼にしてみれば、仕事がなくなることは住まいがなくなることを意味している。しかも突然の出来事だったので、準備する期間もなかった。

「たしかに彼はまじめでしたよ。でも。」と言ったのは現場の責任者だ。物を盗んだりするクセがあった。ほとんど無意識なのかもしれないし、罪悪感もないのかもしれない。最初は現場の弁当や、使いかけのハケや塗料だった。しかしそれがエスカレートし、時には現金がなくなっていることもあった。現場でそれは重大な出来事として、認識されていた。しかし、彼はそれを認めようとしない。

「取っていない。」の一点張りだ。埒が明かないとはこのことで、現場の者たちの不信感は増した。だが証拠がないのだから仕方ない。そしてついにその現場をおさえた。それは同業者の財布だった。

「取っただろ。」その現場を押えて、現場監督が言った。

「取ってないって。」彼はそれでも抵抗した。

「現場を押えられて、言い訳でるのか。」さすがに警察に突き出すのは止めにしたが、上司と相談してクビにすることになった。それを彼がどう感じていたかは、その後の事件からしか読み取れない。

 ただ仕事がなくなった彼は、住まいも取られ、ホームレスに近い生活をしていた。貯金もほとんどなかったから、すぐに新しい仕事を探した。だけどちょうど病気が重なって動くこともできない。役所に申請すれば生活保護を受けられたはずだが、彼はそういうことも知らなかった。それで精神的に参ってしまい、ネットや思い込みの世界の中でだけ生きていた。夜道を歩いている彼の姿を、元同僚などが見かけたこともあったらしい。現場や住み込みの近くにいたこともあったので、現場監督が「近づくな。」と警告も出したそうだ。彼の復讐の先が、この会社に向かっていたとしてもおかしくい。だが一年以上が過ぎ、どこかで手に入れた車で彼は秋葉原に出かけた。

「なぜ秋葉原?」という問いに対しても、専門家からいくつかの意見が出された。アイドルやオタクに対して嫉妬心を抱いていたとか、たまたま都合がよかっただけだとか。しかし、それに対するハッキリととした回答も得られない。ただ彼は「復讐」を誓ったのであり、それは弱者。つまり街を歩いているだけの「おんな子ども」に向かったというわけだ。真夏の昼の都会の交差点、今も悲鳴が聞こえる。