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 真夏の復讐劇は、あっという間に起こった。翌日の新聞のトップ記事となり、テレビニュースでも報道された。あらゆる事件がそうであるように、百メートル走のように瞬間的なエネルギーが発散される。だが、その裏にある真実を知るものはいない。知ろうとするものもいない。人々が求めているのは退屈を紛らわす娯楽であり、メディアが求めているのは毎日欠かすことができない日替わりニュースというだけのこと。

 そもそも彼がなぜそのような行為をしたのか。真昼の秋葉原に車ごとつっこむような暴挙。死傷者は数十人に及んだ。人ごみで散弾銃を発射するようなものだ。致命傷を受けた人の中には女や子どもまでいた。まったく無残な出来事である。彼はすぐに逮捕されて、長い裁判が始まった。唯一の問題点は、その時の彼が正常な状態にあったのかどうかということ。もし異常をきたしている(行為自体はどう考えても異常だが)というならば、情状酌量の余地があるというわけだ。だが当時の彼はお酒を飲むでもなく、クスリや覚せい剤をやっていたわけでもない。

「じゃあ計画性があるということか。」検事は部屋の椅子にもたれかかり聞いた。

「いや、計画性というほどのものはあったか怪しいのですが。」捜査にあたった刑事が答えた。

「でもネットに犯行予告のようなものも書いていたんだろ。」検事が問う。

「ええ、SNSに。有名犯の一種かもしれません。」刑事は頭をかいた。

「田舎者が有名になるために、か。」検事はため息をつく。

「こういうのをマネする輩が出てくるので、ぜひ裁判では。」刑事は咳をした。

「ああ、ネットへの書き込みがあるなら、ある程度計画性の裏付けは取れるからな。」検事はうなずいた。その通りに裁判は進み、加害者の無期懲役が決まった。どちらにしても被害者の家族からしたらやりきれない思いである。

「復讐だとか言ってたな。」検事は裁判での加害者の様子を思い出す。

「頭のおかしい奴の言うことですから。」現場の刑事は頭を振るばかりだ。

「復讐したいのは被害者のほうだろう。」検事はそう答え、ファイルをしっかりと閉じた。実にその通りで、被害者の家族、母親を殺された息子、子どもを殺された父親、彼女を殺された彼氏たちは悲嘆にくれた後、加害者に対して恨みを抱いた。そしてできるならこの手で相手を葬りたいと思ったはずである。だが、法治国家である現代社会において、それは許されない。公正な裁判を経て、国がしかるべき刑を与えるのだ。もしこれが昔ならサムライが仇打討ちをしたかもしれない。