
彼は死ぬ前に手紙を書いていた。それは後になって私に渡された。その手紙の中で、彼は自分のバンドのことを語っていた。また音楽への愛情を。そのような者がなぜ死なねばならなかったのか、私には疑問だった。ただ都会の風の下、そんな感傷もいつまでも残るわけではない。彼自身もそんなことは望まなかっただろう。彼は地元のツレ、のことにも手紙の中でふれていた。そしてそのツレが上京した折には、ぜひ私に会ってやってほしいと書いていた。もちろん連絡先など記されていなかったので、こちらからはどうしようもない。私は半ばそのことを忘れていたが、ただどこかで死んだ者との約束のように覚えてもいた。
「もしもし。」一年以上が経ったある日、突然私の携帯に知らない人から電話があった。
「はい、広尾ですが。」私が電話に出ると、相手は名前を名乗った。だが私はその名前に覚えが全くなかった。
「あ、Kのツレです。」相手がそう言って、ようやく私は理解した。
「ああ。」私は彼と会う約束をした。亡くなったKくんと同様に音楽をしているという。どれくらいの腕かは知らないが、Kが推薦するのだからそれなりだろう。私は数日後に渋谷で彼と会った。待ち合わせをしてから、喫茶店に入った。外の喧騒、暑さとは別世界のように中は靜かで涼しかった。
「急にすみません。」彼はそう言った。
「ああ、はい。」私はアイスコーヒーを注文する。
「Kから連絡先を聞かされてたんです。東京に出て何かあったら、この人にかけたらいいって。」彼はそう言った。
「そうですか。でも残念なことでした。」Kの死については、やはり自殺という線が濃厚だった。
「はい。」そのことについて、彼はあまり話したがらなかった。当然といえば当然だ。
「彼のいたバンドを雑誌で特集させてもらったことがありまして。」私はその雑誌を持参した。相手に手渡すと、彼は熱心にそれを見た。
「別人みたいだ。」彼はそう言った。確かに雑誌などメディアに載ると別人のように写るものだ。
「そうですね。」私は運ばれてきたアイスコーヒーを手に取った。
「あの、失礼ですが。」と彼は言う。
「はい?」私は彼の目を見た。その目は若干の憂いと潤いを見せている。
「もしよければ今度、ライブやるので見に来てください。」彼はそう言ってチラシをくれた。
そして当日、やはり仕事が長引いて行けそうになかった。でもその時私の頭には、Kくんのことが思い浮かんだ。「行ってやってほしい。」Kくんはそう言っているようだった。それで私は半ば強引に仕事を切り上げ、高円寺まで電車に乗った。高円寺にはいくつかライブハウスがあり、中には有名な店もある。私は仕事柄たまに訪れていたし、個人的にも付き合いで来ることもある
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