それから次の休日には父親とともに事務所に出かけ、契約書の作成などがあった。宣伝用の写真も撮った。事務所側からいくつかCMや出演するためのオーディションに提出するという。彼女は演技のレッスンも受けながら、新しい道を進んでいくこととなる。高校を卒業する前、ある映画のオーディションに受かった。


「やったね。」彼女は家でガッツポーズをした。

「頑張りなさい。」母親も喜んでくれた。

「銀幕デビューか。」父親は温かい目だ。もちろん最初だから主役などではなく、端役。でも腕と実力、あと少々の運があれば、彼女も坂道を上がっていくかもしれない。そう思われたその時、彼女は半べそになって両親の前に現れた。

「撮影は?」と母親が、美しくなった娘に対して聞く。

「降板になった。」と娘は申し訳なさそうに言う。

「何があった。」父親が心配して聞く。

「それがね、言いにくいんだけど。」と娘は言いよどむ。

「うん。」両親は娘をじっと見た。

「あの、あたし、妊娠したの。」娘は告げた。

「え?」二人は驚きのあまり何も口にできない。

「撮影はアクションも多いから、やめといたほうがいいって。お医者さんと社長さんに言われたの。」と娘は言った。親である彼らが知る前に、医者や事務所に相談していたのだ。両親はそのことにも驚いた。

「それで相手は?」と母親が聞く。父親は黙ったまま。

「映画で知り合った、俳優さん。」と娘は言った。

「俳優。」そう言って、母親はため息をつく。こんなことってあるのだろうか。ようやく自分の夢を娘が継いでくれようとしたその瞬間、自分と同じように娘も妊娠してしまうなんて。

「相手は何て言ってるんだ。」と父親は聞いた。自分たちだって妊娠が分かってから結婚したのだから、娘を責めることはできない。ただ、相手次第だ。

「わかんない。まだ言ってない。」と娘が言ったので、両親はともに心配した。そしてその心配は的中する。相手の若手俳優は「責任持てないから、おろしてほしい。」と言ったのだ。彼女はもちろんショックを受けた。そして何も考えならなくなった。

「あなた、産もうと思ってたの?」と母親が聞いた。

「う、うん。」と娘はうなだれる。

「相手も責任あるんだから、中絶費用は出してもらいなさい。」そう父親が言った。すると娘は驚くべき返事をする。

「あたし、やっぱり産む。」と彼女は答えたのだ。

「え?」母親はそれが聞き間違いであることを祈った。

「産みたいの。」と娘は確認するように言った。

「産むって、一人で育てる気か。」父親はじっと娘を見る。

「ダメ?」と娘は言う。

「シングルマザーになる年齢でもないでしょ。あなた二十才にもなってないのよ。」と母親は言った。

「産みたいの。」と娘は言った。子どもっぽい言葉の裏に、女として強さも感じられて、両親は戸惑った。

「産みたい気持ちはわかるけどね。」むやみに反対してもダメだと思った母親は、娘を見つめる。

「うん。」という短い言葉の裏には、何か確信めいた響きがあった。でももちろん父親はそれに反対する。

「相手もいないし、結婚もしてないのに。」父親は自分が事務所を紹介したことを後悔した。そして芸能界の軽さについて、娘にもっと注意しておけばよかったと思った。

「結婚。」という言葉を娘は飲み込んだ。確かにこのまま子どもを産んでも、不幸せになるかもしれない。あたしが不幸なだけでなく、子どもも不幸になるのだろうか。

「あなたには未来があるのよ。」そう母親は言った。

「傷モノにされて。」父親は怒っていた。

モノ?あたしはモノなのかな、って彼女は思った。でも結局、モノも人間も変わらない。芸能界でも俳優はモノとして扱われる。商品と何も変わりない。美しくしたてあげて、いらなくなったらポイ。彼女は芸能事務所を辞めた。そして宿していた生命にもお別れを言った。それは辛いことでもあり、情けないことでもあった。何より物理的に彼女は傷ついた。新しかった彼女の肉体が、少しづつ風にさらされていく。そして何より精神的に彼女は病んでいく。一見まだ美しさをキープしてたものの、彼女はちょっとづつ狂っていく。「変だ。」って友達から言われるようになり、三十路になって。ようやくいい人に出会った時には、もう彼女のメンタルはかなりいかれていた。しかし何とか結婚して子どもが生まれて、成長した娘に向かってこう言った。「芸能界はやめときな。」


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