偶然はどこにでも転がっている。都会の片隅には特に。そして風が吹けば、カタカタと音を立てて必然になっていく。彼女が映画の出演を決めたのは、偶然だったのだろうか。ある時、町でスカウトされたけど、最初彼女は半信半疑で「あやしい。」って思ってた。

「お母さんに相談してみます。」そうだけ言って、名刺をもらった。自分の連絡先を聞かれて、彼女は家の電話番号を教えた。彼女だってそういうことに全く興味がなかったわけではない。ちゃんとした所だったら、考えてもいいかなって思った。

「そうなの。」お母さんは家で言った。

「うん。」彼女は笑う。

「大丈夫なの?」母親は娘のことが心配だ。

「電話がかかってきたら断っていいよ。」と娘は言う。

「でも、なんかもったいないわね。」そう母親は娘に言う。

「ん?」娘にもハッキリとした意志があるわけではない。

「お父さんに聞いてみたら?」と母親は言った。

「う、うん。」と娘は返事をにごす。そしてその晩、父親が帰ってきてから聞いてみる。すると、父親が言ったのは意外な言葉だった。

「その事務所、知ってるよ。」と彼は晩飯を食べながら言った。

「え?」娘と母親は二人で顔を見合わせる。

「うちの営業先だ。」と父親は言った。

「そんなことあるんだ。」娘はびっくりした。

「それで、あなたどうなの?」と母親は彼に尋ねる。

「うん、きちんとした会社だよ。芸能事務所なんて名ばかりのところが多いけど、あそこの社長はポリシーがしっかりあってね、悪くない。」と父親はビールを飲みながら言った。

「ふーん。」その言葉を聞いて娘も少し安心する。

「そうね、スカウトされるなんてそうそうあるもんじゃないしね。」と母親は言い、娘の顔色を伺う。実は母親も昔、芸能界に憧れたことがあった。そこそこの美貌の持ち主で、書類審査などは通ったがその後はダメだった。そうこうしてるうちに父親と知り合って、妊娠してしまったのだ。

「そうなの?」初めて母親からそんなことを聞いて、娘はまた驚いた。

「ええ、あなたがお腹にいるってわかって、芸能界のことはあきらめたのよ。」と母親は語った。

「もしあのタイミングじゃなかったら、お母さんもスターになっていたかもな。」と父親はちょっとおどけて言った。

「スターになってなくても、少しは活躍したかもね。」母親はそれを受け流した。

「そうなんだ。」娘はそんな母親の思いを考えてみた。

それなら、もしチャンスがあるなら、自分もやってみてもいいかもと思った。母親の夢は、あたしが生まれたことで中断されたんだし。もしかして、それをあたしが引き継ぐことができたら、きっとお母さんだって嬉しいんじゃないかな。ってくらいの、気軽な考えだった。それにあの事務所がお父さんと知り合いだなんて、これも何かの引き合わせかもしれない。


「電話かかってきた?」学校から帰った彼女は、すぐ母親に聞いた。

「ううん。」でも電話は一か月の間なかった。

「そっか。」ちょっと残念に思いながら、縁がなかったのかなと彼女も思った。

「おい、聞いてきたぞ。」そんな時、父親が事務所で直接聞いてきてくれた。

「え?」娘は冷静を装いながら、少しドキドキしていた。

「うん、どうやらそのスカウトは辞めたらしい。でも社長がぜひ会ってみたいって。」と父親が言った。

「え、社長さん?」いきなりの社長面接に、娘は少し緊張する。

「今度の日曜日。」父親は娘に言った。

「う、うん。」娘も別に用事はなかった。

「よかったじゃない。待ってるより。」母親は一人で喜んでる。

「でもこれって、スカウトとかじゃなくてコネだよね。」と娘は腑に落ちないようだ。

「なんでもいいのよ。」母親は軽く受け流す。

「そうかな。」と言った娘だったが、それもそうかと思った。

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そして日曜日に、一人で面接に行った。父親がついていくと言ったが、さすがに娘はそれを断った。もう高校生なのに、親と一緒に面接だなんて恥ずかしい。それに思い切りコネになるのも、なんだか自分の実力じゃないみたいで嫌だった。

「どうだった?」帰ってきた娘に対して、母親が聞いてくる。

「うん、いい人だったよ。」と娘は事務所の社長について言った。

「そうだろ。しっかりした人だ。」父親も相槌をうつ。

「来週には電話するって。でも。」と娘は言う。

「でも?」母親が聞いた。

「ほとんどもうオッケーみたい。」と言いながら、娘は頭をかいた。

「じゃあお祝いしましょう。」と母親は言って、買っていたケーキを出してくる。

「え、なんで。用意してたの?」それを見て娘はちょっと不満に思う。これって最初から分かってたことなんじゃないだろうか、やっぱりコネ?

「ちがうよ。そんなに甘い世界じゃない。社長さんもほんとに通用しなきゃオッケーにしないって言ってた。」そう父親が言ってくれて、ようやく娘も安心した。それから二日がすぎて、社長から電話があった。

「はい。」娘は電話で社長から話をうなずく。そして電話を切る。

「どうだって?」母親がエプロンをつけたまま横に立っている。心配なのだ。

「受かったって。」そう娘が言うやいやな母親は娘を抱きしめた。そんなことは久しぶりだったので、娘は思わず驚いてしまう。

「大丈夫?」そう母親は聞く。娘の表情は喜びと不安を噛みしめたようだ。

「うん。」そう答えると、娘は涙を拭きながらようやく笑った。

「お父さんにも報告しましょ。」そう母親は言って、その夜は父親とともにもう一度お祝いをした。